こんにちは、みなみです。
みなさんは、日ごろコミュニケーションをする中で、相手と意思疎通ができないと感じたことはありますか?
おそらくほぼすべての人が「Yes」と答えるのではないでしょうか?
- 伝えたはずの話が伝わっていない
- 人の話をぜんぜん聞いてくれない
- 一方的に自分の話ばかりしてくる
- 何を言ってるのかさっぱりわからない
などなど。
意思疎通ができないと感じるシーンは、あげれば切りがないほど、無数に存在すると思います。
いずれにせよ、意思疎通ができない相手とコミュニケーションを続けることほど、苦痛なことはありません。
コミュニケーションの問題は、生きる上での重要なテーマです。
今回は、意思疎通できない。コミュニケーションの問題について、ある物語のたとえを交えながら、深掘りしてみました。
意思疎通ができない問題
人生の質は、人間関係の質で決まると言ってもよいでしょう。
よりよい人間関係を築くことはとても重要です。
しかし、人間には相性もありますから、どんな人であれ、苦手な人やコミュニケーションが難しい相手というのは、存在すると思います。
コミュニケーションが難しい理由
意思疎通ができない。コミュニケーションが難しいと感じてしまう理由は何でしょう?
結論から言いますと、コミュニケーションに対するイメージがそもそも間違っているからです。
一般的に、コミュニケーションとは、気持ちや意見を相手に伝え、それが通じ合っている(意思疎通できている)状態のことを指しますが、実際はそうではありません。
コミュニケーションとは「ズレをつくるもの」です。
もちろん意思疎通もしていますけど、それ以上に、大半はズレをつくっています。
つまり、意思疎通している範囲よりも、ズレている範囲の方が大きすぎるので、脳はそっちを認識しづらくなっているというわけです。
コミュニケーションに対するイメージがそもそも逆なので、期待して、裏切られ、ストレスに変わる確率も高くなります。
牛と虎の愛から学ぶこと
コミュニケーションは、意思疎通をつくるだけではなく、その大半はズレをつくっています。
以下、そのことをあらわした牛と虎の愛の物語です。
牛子は、虎男のために毎日一生懸命、おいしい草を準備して、心から最善を尽くしました。
それを受け、虎男は牛子に深く感謝しながら、準備してくれた草をおいしそうに食べました。しかし、本当はガマンしながら無理をして、その草を食べていたのです。
そして、虎男も、牛子のために毎日一生懸命、柔らかい肉を準備して、心から最善を尽くしました。
それを受け、牛子は虎男に深く感謝しながら準備してくれた肉をおいしそうに食べました。しかし、本当はガマンしながら無理をして、その肉を食べていたのです。
これぞまさしく日本の典型的な建前コミュニケーションの例です。
結局、牛子と虎男は別れることにしました。
そして、別れ際に、お互いこんな言葉を残しました。
「わたしはあなたのために最善を尽くしました!!」
牛子は牛子の目で、牛子の世界の中で、虎男のために最善を尽くし、虎男は虎男の目で、虎男の世界の中で、牛子のために最善を尽くしていました。
つまり、お互いに自分の観点、自分の世界の中だけで物ごとを考え、自分流に相手を愛していたわけです。
最善を尽くすほど最悪になる世界
牛子と虎男が良かれと思ってしたことは、相手には苦痛でした。
はじめは、仲のよい夫婦にみえましたが、実はそれぞれの世界に固定された分離格差(ズレ)のひどい孤独な世界だったわけです。
つまり、はじめからズレていたということ。
一生懸命「最善」を尽くしたと言っても、自分の観点による思い込み(観念)の中の「最善」であり、本当の相手をみることができない「最善」でした。
この最善は、最善を尽くせば尽くすほど、最悪の結果をつくり、それに気づくことなく、ただ相手を責めてしまう。とんでもない世界をつくり出してしまいます。
良かれと思いながら知らず知らずのうちにズレを蓄積し(と言っても、はじめからズレているんですけど)、それがいつか爆発して、最後には決別するというケースは、この世の中には無数に存在しています。
分離格差の原因とは?
この物語は、牛子と虎男の特別な物語ではなく、今の時代に生きるすべての人に当てはまるお話です。
牛子や虎男のように、自分の立場や観点、論理、思考、感情、イメージ、エネルギーに固定された状態で生きていれば、人間は、四苦八苦の世界から逃れることはできなくなります。
nTech(認識技術)では、このことを「観点固定の問題」と呼んでいます。
人間は、脳の観点に固定されています。
わたしは人間だ。
わたしは生きている。
わたしは存在している。
などなど。
これらはすべて、人間が脳の観点の中で認識している(決めつけている)自分勝手な思い込みなのです。
「自分は何者なのか」という自分のアイデンティティを決めつけ、その観念の中だけで生きていると、必ず最後は、牛子と虎男のような結果になります。
脳の観点に固定されている問題が分離格差の根本原因です。
それは多くの人たちがまだ気づいていない、もっとも深刻で、かつ、重要な問題であり、人間が必ず解決しなければならない宿命的な問題です。
わたしは、この観点の問題こそが、日本の義務教育で真っ先に教えるべき、人間教育の基礎だと思っています。
コミュニケーションのイメージチェンジ
分離格差の問題を解決するためには、観点の限界を超える必要があります。
コミュニケーションとは、本来は意思疎通をつくるものですが、実際にはズレをつくっている。
そのイメージチェンジをしたのであれば、つぎは何によってコミュニケーションしているのか?
コミュニケーションの道具のイメージチェンジも必要です。
コミュニケーションの道具とは?
われわれはふだんから何によってコミュニケーションしているでしょうか?
すぐ思いつくのは「言葉」や「表情」だと思います。もしくは「行動」で示す人もいますよね。
われわれは「言葉」「表情」「行動」といった道具を使って、ふだんからコミュニケーションしているわけですが、実は、この道具のイメージも間違っています。
もちろん「言葉」「表情」「行動」はとても重要な道具ですけれど、それ以前にもっと重要な道具があるという意味です。
それは、その人にとっての判断基準(観点)やエネルギー、イメージ体系、感情こそが、本当の道具であるということ。

上の図にあるように、現象的に浅い道具だけを使うのではなく、本質的に深い道具も使う必要があるということです。
何のためのコミュニケーションなのか?
最後に、われわれは何のためにコミュニケーションしているのでしょうか?
それはもちろん、さまざまなシーンにおいて、相手と意思疎通するためです。
本質的にみても、そのイメージは間違っていません。
しかし、コミュニケーションとは、実際にはズレをたくさんつくっています。
そして、ズレはさまざまな多様性を生み出し、刺激や限界もつくり出しています。
このことは、われわれ人間にとっての共通の課題を示していると思うのです。
分離格差(ズレ)の問題をどう解決するのか、そして、その問題を超えて、本当の意味での意思疎通を実現することが、共通の課題だと思います。
つまり、はじめから疎通している状態をつくることです。
はじめから疎通できていれば、多様な刺激や限界、コミュニケーションのズレを逆に利用するくらいの余裕が生まれますし、そもそもが繋がっているわけですから、安心してズレを楽しめるわけです。
そして、そのズレを活用して、人間はさらに進化していくと思います。
はじめからズレている今の人間の現在地では、牛子と虎男を量産するだけです。
脳の認識のクセ、すなわち、脳の観点について、いち早く理解を深め、意識をバージョンアップさせることが、われわれ人間にとっての最優先課題です。
われわれは、そのためにコミュニケーションしているようなものです。
まとめ
ここまでの話をまとめます。
- コミュニケーションに対するイメージチェンジが必要
- コミュニケーションとはズレをつくるもの
- お互い自分流に相手を愛してるだけ(牛子と虎男の話)
- 分離格差の原因は、脳の観点に固定されていること
- 表情、言葉、行動 よりも深い道具を使うこと
以上、意思疎通できない、コミュニケーションが難しい理由についてでした。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


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