実績=意志だと思った話【記録と発信が大事】

こんにちは、みなみです。

先日のコラムで、質問(Q)には2通りの意志(依存心と独立心)があらわれるって話をしました。

↓ こちらです。

質問にあらわれる2通りの意志【依存心と独立心】

このコラムには「依存心」なのか「独立心」なのかを判断するのはむずかしいってことも書いてます。

本当に正確に基準を決めるとすれば、基準(固定観念)があるのか?ないのか?

それがポイントだってことです。

つまり、

固定観念のなかにハマってる状態=依存心
固定観念にあえてハマってる状態=独立心

です。

で、これはこれで本当にそう思うんですが。。

とは言え、この現実においては、固定観念のなかにハマってるのか? そうでないのか?

それを他人がどう見分けられるのかが大事ですよね。

具体的に人の目に見える形になってなければ、他人は判断できないですから。。

そう考えると、やっぱり「依存心」か「独立心」か、固定観念にハマってるのか/あえてハマってるのかの判断は、その人の実績をみるのが一番よいだろうって思うわけです。

人間の脳は過去とつなげて判断しますから、その基準にあわせて意志を示すとなれば、やっぱり実践行動をして、実績を残すしかないです。

となると、実績をいかに細かく記録するのか、細かく発信するのか?

ここも大事ですよね。

だって偉大な実績をつくるまでには、どうしても時間かかりますから。

その過程をいかに細分化して、実績として発信できるのか? です。

前のめりの姿勢

たとえば「〇〇をしたい」という意志をだれかが表明したとして、それが「依存心」をともなうものなのか「独立心」をともなうものなのかは、その人の実績にあらわれているはずです。

つまり「〇〇をしたい」意志が、独立心からくるものであれば、すでになにかしら着手してるはず。

ちゃんとした成果じゃなくても、なにかしら前のめりに動いてる姿勢がみえるはずだって意味です。

もし、まだなにも着手してない状態で「〇〇をしたい」と言ってるのなら、それは依存心からくるものでしょう。

もちろん、意志をジャッジすること自体、本来は不可能だし、ナンセンスなんですけどね。

でも、現実をつくる上では必要になるんです。

そんな風に思いました。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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